2007.9.22
第2回公開研究会報告
■日 時:2007年9月22日(土)14:00〜18:00
■場 所:東京大学本郷キャンパス工学部新二号館9階93b
(情報学環プレゼンテーションルーム)
■参加者:約60名
■タイム・テーブル
14:00 ごあいさつ 水島久光(メル・プラッツ2007年度オーガナイザー)
14:10 プレゼンテーション(1) 白水繁彦(武蔵大学)
14:50 プレゼンテーション(1)へのコメント
鳥海希世子(湘南市民テレビ局・東京大学大学院)
ペク・ソンス(神田外語大学)
15:20 休憩
15:30 プレゼンテーション(2) 岸尾祐二(聖心女子学院初等科)
16:10 プレゼンテーション(2)へのコメント
高宮由美子(NPO子ども文化コミュニティ)
水島久光(東海大学)
16:40 ディスカッションタイム
17:30 今日の振り返り
※敬称略
■概要:
愛知淑徳大学の小川明子さんによる司会進行のもと、オープニングではメルプラッツ2007年度オーガナイザーである東海大学の水島久光さんより挨拶があった。メルプラッツの活動全般についての説明やホームページの紹介、当日のプログラムについての簡単な説明が行われた。
●武蔵大学・白水繁彦さん「コミュニティの活性化と変容エージェント:職業的ジャーナリスト、在家ジャーナリスト」
最初のプレゼンテーションは、武蔵大学の白水繁彦さんによる「コミュニティの活性化と変容エージェント:職業的ジャーナリスト、在家ジャーナリスト」と題するもの。白水さんは外国人の文化、いわゆるエスニック文化やエスニック・メディアの研究が専門だが、今回はハワイ在住の沖縄系コミュニティに焦点をあて、そのエスニック・アイデンティティがどのような要素により形作られたのか、そのプロセスではメディアやジャーナリストたちがどのような形で関わってきたのかを中心に説明があった。
特に、コミュニティにおけるオキナワン・アイデンティティの変容にとって、オキナワン・フェスティバルという祭りやエスニックフードとしての沖縄料理が「創造」され「再構築」されてきたことが重要であるとの説明があった。その上で、単なる家庭料理がウチナーンチュを自覚させるソウル・フードへと転換していく場面や、沖縄方言のスペルが標準化されていく場面において、現地のメディアが大きな役割を果たしてきたことが指摘された。さらには、このようなエスニック文化の変容を促進する活動家(変容エージェント)として、職業的あるいは非職業的(在家)のジャーナリストたちの存在に注目し、彼らがもともとどのような資質を持ち、どのような経緯を経て、なにを目的としてこれらの活動に関わってきたのかといった実態について、豊富なフィールドワークの成果より紹介された。
白水さんのプレゼンテーションに対し、湘南市民テレビ局の鳥海希世子さんからは、ご自身が関わる市民メディアとエスニック・コミュニティとを対比し、市民メディアでも変容エージェントに相当するような強力なリーダーの存在があることや、市民メディアの担い手たちをネットワークする場として全国規模の交流集会を開催しているが、これと同様にオキナワン・フェスティバルとは周囲の人たちを巻き込んでいく場として重要な機能を果たしているのではないかというコメントがあった。その上で質問として、沖縄系コミュニティの変容エージェントとして活動する若い人たちの動機には、現状に対する批判的精神だけではなく、ビジネスに対する志向もあるのではないかという点と、エスニック・メディアが紙媒体から他の媒体へと拡大しているのかという点が問いかけられた。
もう一人のコメンテーターである神田外語大学のペク・ソンスさんからは、エスニック・コミュニティの状況をみると逆にマジョリティ社会の状況がよく見えてくるということ、そしてエスニック・メディアを通して既存のマスメディアの問題点が顕在化することもあることなどの指摘があった。そして、エスニック・メディアが主流社会のマスメディアとどのような関係にあるかとの質問が出された。
お二人のコメントを受けて白水さんは、エスニック集団の成員の中でマジョリティ社会に対して緊張関係を持つのは差別を体験した古い世代だけで、若い世代ではエスニック・アイデンティティに対する意識は必ずしも強くはないこと、そのためにコミュニティの中で子供たちを対象としたイベントが頻繁に行われて活動への取り込みが図られていることが紹介された。また、若い世代のエスニック・メディアへの関わりは紙媒体にとどまらず映像メディアなどの新しい媒体に広がっていること、その動機も当初は映像表現に対する関心の方が強いが、活動への参加を通じてエスニック文化に対する意識が強くなる場合が多いとのことであった。さらに、エスニック・メディアと主流メディアとの関係について、主流メディアは事件事故などの非日常を扱うが、エスニック・メディアは主流メディアが扱わないエスニック・コミュニティの日常を対象とするものであり、その面で両者は補完的な関係にあることが指摘された。
●聖心女子学院初等科・岸尾祐二さん「新聞を五感で受容する NIE実践」
2番目のプレゼンテーションは、聖心女子学院初等科の岸尾祐二さん。岸尾さんは、新聞を教育現場で活用するNIE活動を長年に渡って実践してきたが、今回のプレゼンテーションではご自身が制作協力し出演もしているDVD補助教材「ようこそNIEへ 新聞で学ぼう」(朝日新聞制作)を紹介しながら、その実践の一端を説明した。見出しや写真への注目をとっかかりに記事を読み進めていく授業や、複数の紙面を読み比べて議論していく授業など、新聞を活用した創意工夫にあふれた実践の数々が紹介された。
とりわけ印象的だったのは、記事を読んで受けた印象を子どもたち自身が言葉や絵、さらには歌といった形態でスケッチし、スクラップブックを作っていくという実践や、家族で一緒に新聞を読みながら、記事を読んで感じる匂いや手触り、音などの印象をもとに親子で語り合うという実践である。どちらの実践も、言語主体のメディアである新聞から、読み手の五感を総動員するような受容のあり方を探り、新聞と子供たちとの間の新たな関係性や子供たちの創造性を引き出そうとする試みであるといえる。
岸尾さんのプレゼンテーションに対して、NPO子ども文化コミュニティの高宮由美子さんからは、ご自身の社会教育での実践体験と照らし、五感を使ったメディア受容やメディア表現を経験していくことが、メディアリテラシーの観点から重要になるとのコメントがあった。また、このような実践が学校教育の中で継続的に行われていくことの重要性についても言及があった。
もう一人のコメンテーターである水島久光さんからは、新聞離れの進む現在の大学生に対して、新聞を読み理解するための基礎的な素養をどのように育てていくかのヒントが岸本さんの話の中にあったとの感想が語られた。通常行われるように新聞を言語的に理解するだけでなく、新聞の素材を切り刻んで五感で理解していくような方法は、新聞紙面の情報を日常的な生々しい感覚で読み解いていくことにつながり、新聞メディアの理解にとって重要な体験になるという指摘である。ただし、新聞とこのような関係を切り結ぶことは柔軟性に富む小学生だからこそ可能なのであり、中高大学生へとどのように継続していくかが課題として残ると指摘した。
2人のコメントを受けた岸尾さんからは、このようなNIEの実践を学校の場だけに閉じ込めるのではなく、家庭や地域社会へと広げていくことが重要であるとの説明があった。また、子どもたちが新聞を理解するようになる前提として、国名や都道府県名のような地理的情報など、最低限必要となる知識を身に付けることが必要だとの指摘もあった。
●2つのグループに分かれ、ディスカッション
2組の発表が終わった後、全ての参加者がそれぞれ関心のあるテーマに分かれて、2つのグループが並行する形でディスカッションが行われた。白水さんを中心としたグループでは、まず白水さんからハワイの歴史状況や沖縄県人会のポリティカルな位置などについて補足説明を受けたあと、日本における韓国系やブラジル系メディア、地域メディアとも比較しながら、エスニックメディアの送り手の表現欲求が60-70年代のポリティカルなものから、エンターテインメント系、ビジネス系へと変化していること、しかし、その中にも在家コミュニティ・ジャーナリストによる鋭いコラムなどが人気を呼んでいることなどが報告された。他にもエスニック集団にとっての音楽の意味、在日コリアン・コミュニティとの比較などについて意見交換が行われた。
一方の岸尾さんを中心としたグループでは、新聞購読の前提になるような基礎知識は覚えこませるべきものなのか、あるいは新聞と触れ合う中で自然と身につくような相互性があるものなのかという議論、中学生や高校生の段階でNIEやメディア教育を実践していくための具体的な方法についての議論、学びにおいては教師と子どもとの関係だけではなく子ども同士の間の関係も重要であるとの指摘などについて、活発な意見交換が行われた。
最後に、各登壇者よりそれぞれのグループでどのようなディスカッションが行われたのかが紹介され、公開研究会の幕が閉じられた。今回の研究会では、エスニック・グループや子どもといったいわば「周縁」的な存在が、メディアを通じて社会とどのように関係を築いているのかが大きなテーマであった。しかし、そうした「周縁」部におけるメディアとの関係を見ていくことで、逆に広く社会全体の中で現在のメディアが置かれている位置付けがあぶり出されてきたように感じられた。(報告者:北村順生/メル・プラッツ運営メンバー)